2016-08-30

総括。そして、次回は「携わる」です。

  八戸の朝は雨模様。
八戸I.Cから八戸自動車道に乗り、安代ジャンクションから東北自動車道で一気に自宅へ走ります。
  八戸を出発する際にカーナビで自宅に設定すると 
全行程 638km 所要時間8時間34分
道中が帰省渋滞にはまりたくなかったので、朝早くに出発。

八戸 ナビ
   八戸から自宅までナビの設定

八戸 出発
  午前4時スタートです。


朝4時にスタート。
8月11日からスタートし15日まで5日間掛けて太平洋側沿いを北上してきました。
そして、今日あと数時間で帰途に着く予定です。

そのせいか、雨降るどんよりした雲を、車のフロントウインドウ越しに何度も見上げながら、東北から離れて行くことを名残惜しんでいました。


八戸の浜辺で
   八戸の海岸にて



  東日本大地震の3.11の数日後に南三陸町の親戚宅まで、車に食料や灯油(本当は車に積んで移動して良いのかどうかは知りませんが)やらを積み込んで訪ねた事がありました。あの時はさいたまでも食料等の買占めがあって大変だった事を思い出します。

 その時から「百聞は一見に如かず」だと思い知らされました。その当時はネット上では、東北に行くのは「地元の人が迷惑がっている」とか、「現地まではたどり着けない」とか「頑張れ」の言葉さえ発しちゃいけない風な事がネット上で飛び交っていましたが。いてもたってもいられなかったので、灯油の販売店で事情を説明して灯油を分けていただき(ガソリンも分けてもらって道中の予備タンク代わりに持って行きたかったが、それは危険なので断念)、スーパーマーケットで食料をがばがばと買い込んで、真夜中の高速で南三陸へ向かいました。

2011年3月 東日本大地震
  2011年3月27日 東北自動車道のSAにて。


  ガソリンがいきなり入手できなくなって大変な事態でしたので、超省エネモードで高速道路を走りました。高速道路を走る皆も同じようなスピードだったりで、途中S.Aでガソリンが手に入ると情報があったので、朝4時頃だったかな?それぐらいの時間から待機していたのですが、待てど暮らせど一向にその気配はなく、ガソリンスタンドの前の大渋滞で待ちぼうけ。どうやら昼ごろガソリンが届くと情報が入っても空振り、さすがに午後に入ってくると、何とかガソリンが持つかもしれないからという気になり、その大渋滞から抜け出し、走り始め高速をおり一般道を走り始めました。

2011年3月 東日本大地震
  2011年3月27日 東北自動車道のSAで給油を待っていた時の様子。

  高速を降りると、あれま?大行列でしたが、開いていたガソリンスタンドがありました。南三陸町に向かうまでに、やはり開いているスタンドはあるもので、「帰りにココのスタンドで給油できる」という事がわかると急にホッとして、一気に親戚宅へ向かいました。



2011年3月 東日本大地震 南三陸町
2011年3月27日 南三陸町の様子


  結果、行って良かったです。それは自己満足ではなく、現地では飲料水は早くに給水車が向かっていたので、どうにか足りていたのは良かったのですが(勿論水道は断水ですので、お風呂とかは入れません。)
  昼は我慢のできる寒さというものの、日が落ちると暖房器具なしでは辛いです。灯油を持って行けたので暖房器具が使えました。


2011年3月 東日本大地震 南三陸町
  2011年3月27日 南三陸町の様子


  2011年3月27日 南三陸町の様子

2011年3月27日 南三陸町の様子
  2011年3月27日 南三陸町の様子 鉄筋コンクリートの住宅も室内はすべて破壊状態。

2011年3月27日 南三陸町の様子
  2011年3月27日 南三陸町の様子



 翌年も伺いました。
その時の様子の一部ですが写真をアップです。

2011年3月 東日本大地震 南三陸町2012年撮影
   3.11の被害に遭う前から、こうした津波時の避難の警戒はしていたのです。
2012年 南三陸町



2011年3月 東日本大地震 南三陸町2012年撮影
  2012年9月 南三陸町

2011年3月 東日本大地震 南三陸町2012年撮影
   2012年9月  南三陸町

2011年3月 東日本大地震 南三陸町2012年撮影
   2012年9月 南三陸町


2012年9月  がんばれ南三陸町
   2012年9月 南三陸町

2012年9月 南三陸町 破壊された数多くの消防自動車
   2012年9月 南三陸町 破壊された数多くの消防自動車
2012年 南三陸町
   2012年9月 南三陸町

2013年 南三陸町にて
   2012年9月 南三陸町


2013年 南三陸町にて 
    2012年9月 南三陸町


2013年 南三陸町にて 
    2012年9月 南三陸町

2013年 南三陸町にて 
   2012年9月 南三陸町




  今回の東北に出掛けてきたのも「百聞は一見に如かず」で、
現在の復興状況や福島原発近くの様子が見て知りたかったからです。

2016年8月 福島県富岡町
  2016年8月 福島県富岡町 この先は帰還困難区域で立入禁止です。

2016年8月 福島県富岡町
   2016年8月 富岡町 帰還困難区域内の建物には各戸、各道にゲートが張り巡らされています。

2016年8月 福島県浪江町
  2016年8月 浪江町 近々、帰還困難区域が解除される箇所があると言う事でしょうか?


2016年8月 福島県浪江町近くの田園風景
2016年8月 帰還困難区域解除になった長閑な田園風景。

2016年8月 宮城県仙台空港
    2016年8月 仙台空港

岩手県陸前高田市 奇跡の一本杉
  2016年 陸前高田市 奇跡の一本松

陸前高田の復興ツアーのお知らせ
  陸前高田の復興ツアーのお知らせ

結果、今回も行って良かったです。
今回は、見て感じて食べてお腹いっぱい、の感が強い旅行でしたが、次回は訪問先で「携わる」事が出来たらな と思います。








東日本大地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
と共に、少しでも早く復興を遂げられるようお祈り申し上げます。
また、福島原発事故により余儀なく避難されている方々が一刻も早く、安全で安心な生活環境が取り戻せるよう心より願っております。


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2016-08-28

海水浴で賑わうのは自然との共存している証しなんだな。

  今回の旅行のラストを飾るのは、青森県八戸 種差海岸。
牧歌的な風景が広がる種差海岸ですが、海のど迫力な風景も見ることができます。砂浜あり岩場あり灯台もあり。砂浜では海水浴で楽しんでいる家族で沢山でした。バラエティに富んだ海岸線は人気が有るのは納得できます。林の中を歩いているとリスに出会ったりもしました。


   青森県八戸市種差海岸

   青森県八戸市種差海岸

   青森県八戸市 種差海岸

  青森県八戸市種差海岸

   私はそんな人気スポットから外れた砂浜で、しばし撮影タイム。
ここの海岸は海水浴禁止区域のせいか、人気が少ないのが最高。
撮影を続けていますと、徐々に暗くなり、遠く離れた海水浴場では、小ちゃな打ち上げ花火が上がったり。東日本大震災からののハード面もソフト面も復興が進んできたんだなと感じました。
   また、被災に遭われた方々達自身が積極的に復興を遂げようと前向きになっているんだろうな。

   青森県八戸市 種差海岸にて

    結局、暗くなるまで撮影を続けていました。


  青森県八戸市 種差海岸にて

  青森県八戸市 種差海岸

  八戸の街を走っていて思ったのですが、公共浴場が多いですね。

それと、お盆の時の送り火のやり方が八戸の風習なのでしょうか。
  キャンプの時のバーベキューコンロを小さくしたような物の中で、
木みたいなもの(おがら って言う麻の茎の皮を剥ぎ取ったものだそうで)を燃やして、子供達は必ずと言って良いほど、その火で花火をしている。迎え盆の時も同様なのでしょうかね?
  おがら を道路に直接置いて燃やす地方は多くで見かけますがね。
  

   




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朝の連ドラ「あまちゃん」の貢献度高し。と思った。

5日目は北へ向かう最終日。八戸に向かってGo! です。
そんな最終日は、NHK朝の連ドラ「あまちゃん」の舞台にもなった場所からスタート。普段朝の連ドラは見ないのだが、宮藤官九郎脚本のドラマは面白かったので時々見ていた。

 舞台の中では「袖が浜」駅。本当は「堀内駅」で電車が来るのを待っていたりしたものだから、この辺りで結構多くの時間を費やしたものだ。何せ、電車の本数が多い時で一時間に1本の割の運行状況であるから。

   「袖が浜」駅こと「堀内(ほりない)」駅

  このアングルも登場していたっけね。

  「あまちゃん」のドラマが懐かしい。

  まだまだ「あまちゃん」。

  久慈の町手前の野田の鮮魚センターでおみあげ購入。活ホタテやツブやらいろいろをクール宅急便で送った。
  そして昔この辺りは塩や鉄を作っていて、盛岡までベコで塩を運んで行っていたそうです。その道を「ベコの道」とか「塩の道」とか「久慈野田街道」とか呼ぶらしい。
   久慈の街中は賑わってます。お盆中のせいかどうかは知りませんが、道路は渋滞。観光お土産センター化している道の駅の駐車場に入るにも満車で待ち状態。久慈駅前の「あまちゃん」で登場してくるあたりも人がいっぱい。そんな感じなわけで、道の駅以外は素通りしちゃいました。
   久慈の街中に入る前に、朝食を取りたく、ネットで調べて評判良さげなお店に行ったのですが……はずしちゃいました。


   岩手県久慈市野田村


   そんなこんなで、気を取り直そうと頑張って尚も北へ。気になる看板にそそられて「国家石油備蓄基地」寄り道。そもそも私のルート全てが寄り道みたいなものですが。
  行ってみるとなんともこじんまりとした施設。併設されている水族館が人気みたいで、沢山の家族連れで賑わっていたようです。で、後で調べてみますと、海とは反対側の山の中に「地下岩盤方式」で原油を封じ込めているらしい。凄いな。チェルノブイリの石棺方式の逆転発送的な方式だな。時代の流れが錯綜してすいません。


    久慈市 国家石油備蓄基地



 海岸線をウロウロするも、撮影のモチベーションが上がる景色は見つからず。天気はどんどん回復して青空広がる。北へ北へ。


   岩手県洋野町にて

  岩手県洋野町にて



  岩手の北部までくると、はて?津波で街をごそっとさらっていった最北端ってどこかなと、気にしながら北上。
   
  実質、今日が今回の旅行の最終日だよなぁ。明日は一気に帰路へ向かう予定だからなぁ。と思うと、ユックリのんびりと海岸線を見ながら時間を過ごしたいよな とか思いつつも走ります。






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2016-08-26

北へ 北へ。

  未完成の三陸自動車道と国道45号線を乗ったり降りたりを繰り返しながら、北上していますと、道の駅「さんりく」の看板を見かけたので、丁度お昼時という事もあったので、併設されている食堂で「浜どこラーメン」を食しました。しかし、強烈な陽射しで暑い。気温は28度と決して暑い気温ではないのですけどね。

道の駅「さんりく」の食堂 浜どこラーメン
 道の駅「さんりく」の食堂 浜どこラーメン

大槌町や宮古市などを通りながら、今回寄りたかった景勝地の 浄土ヶ浜へ向かったのですが、松島に続きココでも大渋滞にハマりました。全く車が動かなくなってしまったので、チョットためらいましたが、Uターン。益々有名観光地嫌いに陥ります。

 岩手県大槌町を高台から望む





  田老町を通りながら北山崎へ。ここは知名度の割りに人も車も少なくのんびりと景色が堪能出来るゆとりがありました。まあ、日の入り間近の遅い時間だし、食堂も店仕舞いしちゃっている時間だし。ですね。


 岩手県北山崎

 岩手県北山崎の夕景







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